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病気は落ち着いてきたけれど。。。

病気が落ち着いたと思ったら、
次はお金の問題が。。。

家があったので、それをもとに
借金をしましたが、それももう、底をつきます。

この家は私の両親が残してくれたお金を
頭金にして買いました。

私の父はガンだったのですが、
余生をロスで一緒に過ごしたいという
私の希望を叶えるために買いました。
(母はこの時、すでに他界していました。)

父はこの家で3ヶ月を過ごし、
日本に帰国してから亡くなってしまいました。

この家を手放したくない。

かといって、これ以上ローンを払うこともできない。

私一人の収入では
どうにもならないところまできていました。

仕事に向かう車の中で、泣いたものです。

ある朝、仕事に向かう渋滞のフリーウェイを
のろのろ走りながら考え込んでいました。

私は、両親が与えてくれたといってもいい
この家を手放したくない!

手放してしまうのは両親に申し訳ないと
思っていたのです。

もし、両親が生きていて、
家を売ると言ったら、どう思うだろうか?

絶対にやめて!というだろうか?

そんなことを考えていると、
不思議なことにフッと両親の思いが分かったのです!

両親は、家がどうのこうのと言わないだろう。

一番は、私達が幸せになることを望んでいるんだ!

そうだ!家という物に執着していたのは、
実はこの私だった!

両親が望むように、
私達は幸せにならなくっちゃ!

そう分かった私は、感動で涙が出ました。

もんもんと悩んでいた私は、
切り替えも早かった!

ダンナさまとこれからのことを話合いました。

もう、ローンを払えなくなってきたんだから、
家を売って日本に帰ろう!

家を売って、借金を返しちゃえ!

そう思ったら急に気が楽になったのでした。

つづく

�L�e�B�����日本に完全帰国しようとした私達がなぜまだアメリカにいるのか?
その謎がこれからじょじょに明らかになっていきます!お楽しみに!

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�N���b�N���ĂˁB

ありがとうございました!






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一人でてんやわんや!

日本に完全帰国をするとなったら、
まあー、あれやこれや忙しいったらありゃしない!

まずは、猫ちゃん2匹の検疫手続き。

法律が変わって、
わんちゃん同様の検疫が必要になったのです。

それも8ヶ月かかるというのです。

早いにこしたことはないのでさっさとはじめました。

それと同時に家を売る準備。

この時期(2006年)カリフォルニアの不動産バブルは
はじけ始めていて、家の価格が落ちてきていました。

これからまだ下がるだろうと思われていたので、
物件は動かなくなってきていたのです。

その上12月だったので、
アメリカはクリスマスで一番お金が忙しい時期。

お友達の不動産屋さんは頭を抱えてしまいました。

”売れる訳がない。。。”

でも私は一歩も引きませんでした。

私達は生きるか死ぬかの瀬戸際なんだ!
絶対に売れてくれなきゃ困る!

鼻息も荒く電話で迫ったのでした。

そして私の一念が勝ったのです。

2週間で買い手が決まってしまいました!

おい、おい、早すぎるだろー!

せいぜい、2、3ヶ月はかかると思っていたので。。。

今度はさっさと家を売り渡す準備を
しなければならなくなったのです!

こんなに早く売れちゃったら、
猫ちゃんの検疫まで半年はアメリカにいなきゃならない!

半年契約で住めるアパートを探さなければいけなくなりました。

毎日、毎日、日系スーパーの掲示板を見に行って、
ペットOKの所が1件。
それが今も住んでいるアパートです。

家一軒に納まっていた荷物の処分は大変なものでした。
毎週ガレージセールをして、売れるものは売りました。

それでも山と残った物は捨てました。

それから売る前の家の修理も大変でした。
屋根がぼろぼろで、一番お金のかかる所を
ほぼ全取っ替えです。

次は引っ越しの準備です。
かなり物を処分したと思っていたけれど、
結構荷物がありました。
引っ越してからも処分したものはたくさんありました。

怒濤の12月を過ごし、
2007年のお正月はこのアパートで迎えたのでした。

つづく

�L�e�B�����いつも訪問ありがとうございます!

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ありがとうございました!

まだまだやることはあるなー

日本に帰ることは決めたけど、
何をして生計を立てよう。。。

私の苦悩は続いていました。�͂��A�b�v���[�h�t�@�C��

インターネットでダンナさまの実家近くの
アパートを検索して家賃を調べたり、

家を売って多少お金が手に入ったので、
日本でネイルサロンを開こうかと調べたり。
(ご存知の通り、私はカリフォルニア州の
 ネイリストのライセンスを持っています。)

それはもう、落ち着きませんでした。

アメリカ生活の最後だと思うと、
買い物もしたいし、遊びにもいきたい。

もんもんとしていたので、
フロリダ旅行に行ってしまいました。��s�@

この時は、死にそこなったダンナさまが
旅行に行けるようになったなんて!
と感激しました。jumee��faceA76

苦悩の中にも、たまには楽しいこともしなくっちゃ!

フロリダに行った次の月は
メキシコのカンクーンにも行っちゃいました。jumee��faceA176

これはお友達が、5つ星のホテルの招待状があるからと
私達にくれたのです。

自分は行く時間がないから、ぜひ使ってくれ、と。

カンクーンは高級リゾート地。
当然、自分たちには手の届かないホテルです。
こんなことがなければ一生行かれないです!

ホテル代以外はお金を使いましたけど。

実はこのお友達、卒業した高校が一緒なんです。

ロスで後輩と呼べる人に会うなんて。
いい後輩を持ったもんです!�ҁ[��

ここでもダンナさまは病気なんて思わせない
遊びっぷりでした。

なんとジェットスキーを運転して
スピード狂丸出し!

またもや私は感激しました。jumee��faceA76
こんな風になるなんて。。。ありがたい!

こんなに幸せな状況であるにもかかわらず、
私の頭の中はこれからのことでもんもんと
していました。

真っ青に輝くカンクーンの海を目の前にして、
ボーッと考え込んでいたのです。jumee��faceA148

つづく

�L�e�B�����お待たせしました!
次回はアメリカに残ることになった理由が明らかに!お楽しみにー!

�L�e�B�����葵さんのショップに新しい商品が追加されました!見るだけでも楽しいのでどうぞ!
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ありがとうございました!

帰国せず、アメリカに残る理由

アメリカには戸籍登録というものがありません。
その代わりにソーシャルセキュリティーナンバーというものがあります。
国民1人1人の番号とでもいいましょうか。
この番号で税金を払ったり、年金の支払いをします。

管轄はソーシャルセキュリティーオフィス。
社会保障の政府機関です。

働いている時はここに税金を納めます。

そしてリタイア後、納めた税金に対しての保証、
年金と、日本でいうところの老人健康保険が受け取れます。

もちろん、失業保険や、労災の保証もあります。

ダンナさまは脳腫瘍の手術を受けてから、
労災のようなもの(アメリカでは障害者年金といいます)
をもらっていました。

すると、2007年に入ってから、
頻繁にソーシャルセキュリティーオフィスから
老人健康保険のお知らせが届くようになったのです。

これは65歳になってからもらえる
健康保険です。

私は、ダンナさまには関係ないと思ったので、
まともに読みもせず、放っておきました。

ところが、あんまり送ってくるので、
よく見てみました。

老人向けに大きな文字で分かりやすい英語で
書いてあったので、すぐ理解できました。

なんと!障害者年金を2年以上もらっている人には
年齢がいくつでも国の健康保険を与えるというのです!

知らなかった!

私の周りの日本人に聞いても、
誰もそんなこと知りませんでした。

他の人種の人たちは知っていましたが。。。

いかに日本人がのほほ~んと生活しているか、
思い知ったのです。

他の国の人たちはものすごくハングリーに
異国で暮らしています。

税金をまともに払ってなくたって、
国からもらえるものは取ってやろうというぐらいです。

まあ、とにかく、ダンナさまは
国の健康保険をもらえるということになりました。
(100%カバーする治療もありますが、
 だいたい2割負担です)

こうなると、まずはこの保険で医療費が払われ、
残った2割負担分を、もともと持っている
民間の保険に請求します。

すると自腹で払う医療費がぐーんと減るのです!

なんてありがたい!

私は日本での医療費や、薬代など、
ダンナさまが必要とする金額を調べていたので、
アメリカにいた方が得かもしれないと考えたのです。

それに実は、ダンナさまはアメリカ市民権を
取得しているので、日本に帰ったら、
アメリカ人として生活しなければならなかったのです。

家を売って、日本に帰ろうと考えたのは、
家の借金をチャラにすることだけではなく、
医療費が払いきれないからでした。

医療費の支払いが楽になるなら
アメリカにいれるじゃん!

ということになったのです。

しかし。。。もし猫ちゃんの検疫待ちがなかったら、
この保険をもらえることも知らずに日本に帰っていたでしょう。

なにを隠そう、日本に帰ると言ったのは私で、
ダンナさまはアメリカに残りたかったのです。

私よりも、ダンナさまの一念が勝った!と
いうところでしょうか。

今じゃ、猫、さまさまです!

つづく

�L�e�B�����今日は長編になってしまいましたが、最後まで読んでいただきありがとうございました!

ランキングにポチッと
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ありがとうございます!

再びドクター福島!

ダンナさまは、2006年、
頭のリハビリセンターにいた頃から、
頭から膿みが出始めました。�K�[��

縫ったところの1部から穴が開き、
オデコの真ん中と、髪の毛の生え際から
出てきたのです。

痛みはなく、本人は平気な顔をしています。

福島先生にこのことを話すと、
プロキサイドで毎日消毒して、
バンソコウを貼っておけばいいと言われました。

私もいつかは治るだろうと、
毎日消毒して済ましていたのです。

ところが!膿みと一緒に
細かい骨のようなものが出て来るではありませんか!���[��

元、デンタルアシスタントの私は、
それが人口骨のパウダーであるとすぐにわかりました。

穴はじょじょに広がり、
しまいには骨の固まりが出て来るようになったのです。

そのうち出て来る骨の固まりのほうが大きくなり、
穴から出すことができず、ピンセットで引っ張って出したくらいでした。

これは、人口骨がうまく定着しないで
変な骨を形成したせいだとわかりました。

私は、ダンナさまのオデコから
骨のかけらを取り出す手術(?)を毎日していたのです。��

アメリカにいると決めたし、さっさと
この穴を閉じる手術をしてもらおう!

ロスで済めばよかったんですが、
他のドクターが手術したあとはどのドクターも
やりたがらないのです。

アメリカは訴訟大国ということもありますから。

何かあったら困るということなんだと思います。

仕方がないので、再びウエストバージニアの
大学病院に行くこととなりました。

脳腫瘍の手術は福島先生ですが、
頭を閉じるのは形成外科医です。

福島先生を通して、その形成外科医に
手術してもらう準備をしました。

前にも話しましたが、
幸いなことに民間の保険会社の方から
ホームドクターが訪問してくれてましたので、
そのドクターがここでのレントゲンなどの
手配をしてくれました。

私はダンナさまの傷口を写真に撮って送りました。

福島先生の話だと、その傷口をきれいに
するだけだから、3日くらいで退院できるということでした。

そして、2007年8月、
私達は再びウエストバージニアに行ったのです。

つづく

�L�e�B�����すでにウエストバージニアにお友達になった人たちがいたので、この時は精神的に楽でした。
次回はウエストバージニアでのお話になります。お楽しみに!

ランキングにポチッと応援よろしくお願いします!
�N���b�N���ĂˁB

ありがとうございました!


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Profile

葵林檎さん

ロサンゼルス在住20年。
はずかしながら未だに英語が苦手です。
頼りにしていたダンナさまが脳腫瘍になってしまってここまで強くなりました。壮絶人生と人はいうけれど、なんとかここまでやって来ました。夫婦の泣き笑い劇場ぜひご覧下さい。

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プロフィール

葵林檎さん

Author:葵林檎さん
ロサンゼルス在住20年。
はずかしながら未だに英語が苦手です。
頼りにしていたダンナさまが脳腫瘍になってしまってここまで強くなりました。壮絶人生と人はいうけれど、なんとかここまでやって来ました。夫婦の泣き笑い劇場ぜひご覧下さい。

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